「公共事業不要論」の裏側
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小泉政権のキャッチフレーズである構造改革の名の下に、全国で魔女狩りを思わせるような「公共事業不要論」が巻き起こり、発注官庁においては予算減の嵐が吹き荒れている。 このことを背景にして、受注減に苦しむ建設業者は、会社の生死を賭けた形振り構わぬ「たたきあい」と呼ばれる落札率の引き下げ競争を余儀なくされている。自分達で首の絞め合いを行っていることを十分に承知しながら‥ 昨今の落札率は設計価格の60〜70%の低価格入札が目白押しとなっており、またこの結果を、マスコミはあたかも今までの価格が高過ぎてやっとまともな価格で入札が行われ始めたが如く報道する。先日の読売新聞のコラムに公共事業はの落札率は80%位が適正価格ではないかという見方が掲載されていたが、マスコミ各社の論調はそんなところにあるようである。 一方、政治家は多くの浮動票を持つ有権者に分かりやすく節税が行われていると示す手段として(本当は決して節税にはなっていないのだが)この低価格入札を票集めのために利用し、入札制度改革に邁進する。そのために、建設業経営者の多くが自殺にまで追い込まれているというのに‥ これがわが国の公共事業系建設業界を取り巻く現状である。 この間の週末、TVを見ていたらサングラスをかけてよく出てくるタレントが出ていて、今盛んに取り上げられて話題になっている「鋼製橋梁の談合事件」のコメントをして何を言うかと思ったら、「今の世の中、ヨドバシカメラに行ってもビックカメラに行っても3割4割引は当たり前で、そこからどれだけ値引きするかが勝負の世の中なのだから、公共事業だからといって決して例外ではない。」というような発言をしていた。 なんと嘆かわしい時代になったのであろうか。余りのバカさ加減に反論する気力も無くなるが、ここで黙っていてはこんなバカなコメンテーターの発言でもまかり通りかねない。 気力を振り絞ってこの様な意見が平気で公共の電波に乗ってお茶の間を洗脳するような異常な世の中を、まっとうな社会に戻さなければならない。 世の中に広く流通する大量生産品の製造原価と建設工事のような受注生産品の製造原価をなぜ同じ土俵の上に乗せて語るような人間をTVのコメンテーターとして登場させるのか。今のTVとは所詮その程度のものなのである。 そんな折に、神奈川県庁が勇気ある入札制度改革案を作成した。今回示された方針によると、低価格入札の歯止めとなる「最低制限価格制度」を堅持し、積算能力のない業者の応札にもつながる「設計価格の事前公表を廃止」することを決断した。 この改革は、「公共工事品確法」が施行され、入札・契約制度の在り方が問われる中で、発注者が自己の積算に責任を持ち品質確保に重点をおくとともに、地元建設業者の育成と低入札やダンピングに一定の歯止めをかける入札制度改革として評価できる。同県の英断に称賛を贈りたい。
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