「JR福知山線脱線事故」を考える
 
         
   
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  郵政民営化法案の国会提出を巡って、自民党内が大混 乱していた四月二十五日の朝、兵庫県尼崎市のJR福知 山線で起きた快速電車の脱線事故は、死者107人、重軽傷者460人という国鉄が民営化されてJRとなって以来最大の惨事となった。

 事故原因は、前駅の伊丹駅で侵したミスによる1分半の遅れを運転手が取り戻そうとして高速運転を行い、速度超過のままカーブに突入して非常ブレーキをかけ転覆 脱線したものとほぼ断定された。確かに渋滞の原則から考えても先端での1分半の遅れは、後続の電車に直ぐに 二倍・三倍もの遅れを生ませる可能性を秘める。運転手が遅れを取り戻そうとした一心でこのような大惨事が起きたとしたら、犠牲に遭われた方々に対してご冥福をお 祈りする以外追悼する言葉も見つからない。

 マスコミ各誌は、人為的ミスとそれを誘発した可能性があるJR西日本の経営姿勢や安全管理に対する取り組 み方、如いてはトラブルを起こした運転手に対する日勤教育と言われる見せしめ教育のあり方を報道して会社の体質を追及した。 しかし、今回の事故が物語るものは果たしてそれだけなのだろうか。ただ単に会社の体質が人為的な過失を誘発したのだろうか。 私には決してそれだけであったとは思えない。

 そこには、成功と言われる国鉄の民営化の裏に潜む、広域な全国規模の鉄道事業の難しさが存在し、大手のマスコミは、 それに気付いていながら、郵政民営化が目前に控えているがために敢えてそれに触れようとしないように思えて仕方ない。

 JRは旧国鉄から87年に分割民営化された。それ以後、 人口の少ない北海道・四国・九州は別としても、本州のJR東日本、JR東海、JR西日本の三社は売上・利益共に 堅調に推移し国鉄の民営化は成功であったと現在では評価されている。

 しかし、今年10月に予定されている道路公団の民営化とは全く異なり、当時20兆円を超える債務が棚上げとされ、国民の税金により補填されている。加えて、北 海道・四国・九州のJRのような採算の取れない会社には、現在でも間接的とは言え税金が投入されているのに、JR東日本やJR東海は民営化後3年目からは1000億の 純利益を計上するという、現在では考えられない民営化のスキームであった。

  それはさて置き、その後の鉄道事業を考えたときに、 JR各社には民間企業として既存の私鉄各社との壮絶な顧客獲得競争が待ち受けていた。 そもそもJR以外の私鉄各社は、独自に採算を考え収益を生むであろう地域に不動産事業と関連して街づくり を行い、鉄道を敷き料金を決定する。  しかし、JRは国鉄以来の全国津々浦々に及ぶ鉄道網の 維持が大命題としてあるので、料金はどこの地域でも一律に距離と比例して定められる。すなわち、当初より当然料金上のハンデを背負ってJRは民営化されたといっても過言ではない。  

 今回、事故が起きた宝塚〜大阪間の乗車賃は、阪急が270円であるのに対して、JRは320円である。JR西日本はこの料金のハンデを克服するために阪急が30分掛かるところを23分で運行出来るようにした。さらに加 えて国鉄当事の7倍の過密ダイヤを形成して集客に努め、現在は宝塚〜大阪間の59%の乗客がJRを利用するまで になっている。  

 また、JR西日本は首都圏を持つJR東日本やドル箱路 線と言われる東海道新幹線を持つJR東海と経営成績を 比較されるため、収益を拡大して稼ぐことに社を挙げて没頭してきたようであり、前年度は589億円の純利益を計上している。これは、不景気に悩む西日本においては 超優良企業と言える。 

  今回の様な大惨事が起きた原因が、国鉄の民営化にだけ起因すると言うつもりは全くないが、大勢の人の命を預かる仕事である鉄道事業が安全やサービスよりも利益 優先になって良い筈がない。

 現在の風潮は、どんな事業でも採算性を最優先とし、 民営化すれば無駄が省かれ必ずや経営が効率化されるとされ、民営化=善、国営=悪とするが、決してそんなこ とはない。 特に、こと交通に関する事業のように安全に対するメ ンテナンスが直ぐに命と直結するような事業においては、 コスト優先の考え方は非常に危険であることは言うまでも無い。

 今年の10月に民営化が予定されている、日本道路公団においても同じような取り組みが行われている。それは、平成17年度までの三ヵ年で管理コストを30%、金 額にして約1900億円削減するという計画であり、今期 その目標は間違いなく達成されようとしている。 道路公団民営化の議論の中で、建設コストの議論は盛 んに行われたが、管理コストは殆ど議論なしに削減額だけが決定されたのが実情である。削減されるコストの中にはもちろん職員の給与等も含まれているが、いくらなんでも給与を3年間で30%もカットする訳にはいかないので、道路の改良・防災費や維持管理費の削減幅が必然 的に大きくなる。三年間で32%前後、金額にして1000 億円を超える削減額が見込まれている。 鉄道と違い高速道路は、個々のドライバーの運転技術や疲労度・過失等により事故の可能性が問われる交通機 関であり、また違った意味での技術的メンテナンスが必要であるが、果たして1/3近いコスト削減が本当に妥当であるのかどうか、疑問が残る。

 以前に某道路公団の某局長が、「予算を付けずに安全管理をしろと言われても、責任を持った安全管理には限界がある」と話していた言葉が耳に残る。

 繰り返しになるが、大勢の人の命を預かる交通に関する事業は、鉄道・道路・航空を問わず安全第一が大前提であり、事業主が国であろうが民間であろうが、そのことを肝に銘じて踏まえた上で、事業を行うのは当然のこ とである。

 現在の日本は、ライブドア社の日本放送に対する買収 劇に代表される様に、株式会社のあり方がアメリカンナイズされ、会社の存在価値は株主に高配当することであり、そのためには無駄を省き管理コストを抑え高収益をあげることが経営の最大の目的であるという風潮がある。

 無論そのこと全てを否定するつもりはないが、高収益を追求することに適する事業とそうでない事業は必然的に存在している。公共性の高い事業、社会基盤や生活基 盤に直結する特に鉄道であるとか今年民営化される予定の高速道路などの事業が収益優先の経営を行うことは非常に危険である。逆にこの種の事業では、適正な合理化によって費用が節減された場合には、それをより高度な安全管理や料金の低減のために使用するべきではないのか。

  国鉄が民営化された20年前と現在では、時代が変わ り国民の意識も大きく変化している。「親方日の丸」とか 「護送船団方式」という言葉は死後となりつつある。今の時代では、全ての事業に採算優先を強いるのは直ぐに営利主義に直決する。現在の我国に必要なのは、逆に営利目的の普通の事業と公共性が高い事業を識別して、公共性の高い事業は、民間の善い所に公共性を持たせた半官半民の公社の様な事業体がベストではないのか。

 今回のJR福知山線脱線事故は、現在のわが国の改革 =民営化という風潮にも一石を投じる出来事であると痛感する。


   
 
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